天気の合間 縦横切替
 雨は降り出していた。
「参ったな」
 みたらし団子を口に放り込む。漆器に残った最後のみたらし団子だ。焦げ目がついているのがいかにも手作りといった感じで好感がもてるが、三つ目ともなるといささか飽きる。
 一日中、島を歩きまわり、一休みすべく腰を落ち着けた甘味処。頼んだ団子を食べ始めた時、陸の方から灰色の雲が流れてきた。島を歩いている時、ずっと海ばかりを眺めていたし、空気が湿っていたのも海が近いからだとばかり思っていた。
 しまった、と思った時には遅かった。
 店舗の外に出されたテーブル。そこからお盆を抱えて店内に逃げ込んだ姿は、傍から見ればさぞかし滑稽だったろうと思う。
「動くに動けないな」
 君も最後のみたらし団子を口に放り込んだ。
 山の天気が変わりやすいことは知っていたが、海の天気までそうかどうかは知らなかった。あいにくと傘をもってきてはいなかった。
 窓越しに聞こえてくる雨音は、強さを増すばかり。
「まあ、きっと通り雨だ」
 君は大きなガラス窓から外をゆったり眺める。
 みたらし団子の入った漆器を置き、あんみつの入った漆器を手にとった。君は呆れたように言う。
「よくそんなに食べられるね、君は」
 片手に収まるほど小さなあんみつを食べる。海が近いからなのか、やけに天草の匂いが強い寒天だ。弾力性もある。豆が寒天によく合っている。
 どうでもいいことだけれど、求肥も美味い。
 一口を堪能し、飲み込んだところで言う。
「君に言われたくないな」
 同じく片手に収まる大きさの漆器を左手にもち、草団子を食べながら君は、
「そんな馬鹿な」
と呟いた。
 島に一つしかない甘味処の、やけに立派で頑丈な机。触れたところで小さな音もたたない。食べ終わり、漆器を置くと、ひんやりとして、無骨なのに滑らかで、重みのある感触が手に響いた。
 君も漆器を置き、ほう、と溜め息をついた。
 椅子の背にもたれ、窓の外を見た。雨の勢いは酷いものだった。だが同時に、これ以上酷くなるとは思えなかった。
 客はおらず、店員も奥に引っ込んでいる店内は、窓の外と比べていやに明るい。深海に潜った潜水艦のようだ、と言ったら君は、寧ろ洞窟ハウスだ、と言い放った。土臭いのに海の中なわけないだろう、とも。
 店員を呼び、お茶のお代わりをした。さっきより少し苦い気がする。薄水色した茶碗の底には、茶葉の粕が沈んでいた。茶柱は立っていなかった。
 することもないので、残っていた浅漬けを食べた。噛み砕く音が頭蓋骨に響く。君にも聞こえるのだろうか。君の噛み砕く音も聞こえたのだから、きっと聞こえているんだろう。
 さっき神社の鳥居の下で見かけた犬は今頃どうしているだろうか。ずぶぬれになっているのだろうか。風邪をひかなければいいと思ったが、そういえば犬が風邪をひいているところを見たことはなかったのだった。帰ったら調べてみるのもいいだろう。
 電車に乗るから、濡れ鼠は嫌だなあ、と思っていたら、ゆっくりと雨が止み始めた。
「言った通りだったろう」
「ああ」
 灰色の雲はぐんぐんと空を突き進む。
 窓から水平線まで見える。雨が少しずつ、確実に離れてゆくのを見た。時間は流れるものだなあ、と言ったら君に当たり前だと一蹴された。
 水平線と僕らの間に雨が揺れていた。島中を洗い流した雨の向こうは桃色と灰色と白が混じった柔らかい世界。
 雲の合間から、一筋の日の光が差し込み、スポットライトのように海面を照らしているのを見た。光は二筋、三筋と数を増やしていく。
「あれを天使の梯子と言うらしいよ」
 君は少し驚いたような顔をして「君にそんな語彙があるとは」と言った。「失敬な」そう言うと、君は少し考えた風になった。
「気付かなかったけれど、ついさっきまで僕らの周りは空から降りてきた天使だらけだったということか」
「だらけ、と言えるほど降りてくるかは分からないよ。それに、梯子は降りるだけが能じゃない」
 そう言うと君は妙に神妙な顔をして「天使も空にある田舎に帰りたくなることもあるか」と呟いた。それから急に慌てだし、
「ああ、ならば団子をお供えするべきだったか」
と言い出したので、どう言っていいものやら困ってしまった。
 お茶をもう一度お代わりした。そうこうしているうちに雨は完全に止んだ。
「僕らも帰るか」
「そうだね」
 立ち上がり、店を、島をあとにした。
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