叫び 縦横切替
 我ながら横暴だと思う。夏だから、ただそれだけの理由で二人を連れだした。
 「彼」と「彼女」は引きこもり気質をもっている。放っておけば食料が尽きるまで家にいるだろう。季節など関係ない。ひたすら家にいる。その点二人は気が合うようであったが、同時に滅多に会うこともないらしい。周りは、僕も含めて、二人をやきもきしつつ見守っているのだが、「彼」も「彼女」も家だけでなく心にも引きこもっているのか、いっこうに進展がない。いらいらした夢島さんと井川君がせっついてみたらしいのだが、二人とも全く意にも介さなかったらしい。積極性の権化な二人をして諦めの境地に誘ったのだから、「彼」と「彼女」はそれはそれは頑なだった。
 僕はといえば、まあ、うまくいけばおもしろいけど、いかなくてもいいかといつもの無責任具合を全開にしていた。ので、二人を連れだしたのは完全に気まぐれだった。
 引きこもり気質の二人は、三人で出かけること、もう一人は引きこもり同志だと伝えると、数秒考えた後、控えめな声で同行の意志を示した。周りをやきもきさせる割に、行動原理が単純なところが二人の良いところだと思う。
 僕らは海へ行った。海につかりはしない。湾状になった海を、山の上から眺める計画だ。
 計画を話したら二人は明らかに顔を曇らせたが、登り始めたら黙々と、確実に、慣れたような道筋で登り始めたため、疲れるのはこういう山登りに慣れていない都会っ子の僕の方が早かった。
「私だって、都会っ子のはずなんだけど」
 「彼女」がおずおずと言った。話を聞いているとどうやら、子どもの頃、あまりの社交性のなさに不安を抱いた両親が、彼女を毎年サマーキャンプにやっていたらしい。
「このくらいは普通に登れるだろう」
 「彼」は小声で、しかしつっけんどんに言った。事前に計画を話していなかったため「彼」は革靴を履いていたが、土に汚すことなく器用に山を登っていく。
 登るといっても、一時間かかるかかからないかだった。僕は「彼」と「彼女」よりも動いているつもりだったのだが、どうやら登りに関してはまったくやっていなかったらしい。
 頂上に着き、僕は早速お茶を買いに行った。「彼」と「彼女」に、各々の分を買ってくるかと訪ねたが、二人とも無言で、鞄から水筒とペットボトルを出して見せた。こういうところは、用意がいい。
 展望台へ向かう二人に背を向け、近くの休憩所へ入る。昭和、といった雰囲気の自動販売機が三台おいてあった。機械は昭和らしく錆びていたが、中身は新商品で埋めつくされていた。もっともポピュラーなお茶を買う。
 一体いつから人が来ていないのだろう。手にとったお茶のスチール缶は、手を離してしまいそうになるほど冷えきっていた。
 二人のあとを追おうと振り返った時。展望台から叫び声が聞こえた。「彼女」の声だ。言葉にならない声で、でも決して恐怖心のない叫び声だった。
 何が起きたのか把握できない不安にかられ、早足で展望台へ向かった。あと数メートルで二人の姿が見える、というところで今度は「彼」の叫び声が聞こえた。こちらも恐怖心のない叫び声だった。
 角の茂みの影から二人をみた。
 二人は水平線に向かって、ただひたすら叫んでいた。胃や肺からあふれだすものを絞り出すような声だった。叫び声は止まることなく、時々共鳴したかと思うと反発するように不協和音を奏でた。
 僕は、その叫びを、聞かなかったことにした。
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