幼なじみの彼女と僕の見解の相違 縦横切替
 部屋の扉を開けて入ってきた幼なじみは、僕の嫌いなアレを手に持っていた。
「これ、なーんだ」
 意地の悪い笑みを浮かべた彼女は、僕の嫌いなアレを片手で放り投げて遊んでいた。
「おい、やめろよ、マジ、やめろよ」
 逃げられるはずもないのに、僕はベッドの上で壁ぎわに逃げて逃げて逃げた。壁に背中を当て、僕は彼女を見上げた。
 にやにやと笑いながら、どんどん近付いてくる彼女。
「やめてくれ、やめてくれよ」
「言い方が違うでしょ」
「何が」
「やめてください」
「……」
「やめてください」
「……やめてください」
「いやよ」
 意味がない。まったく意味がない。
 幼なじみの彼女は、昔はこんなではなかった。もっと楚々とした穏やかな女の子だった。だが、大学に入ってから急に変貌した。彼氏が悪かったのだとか、友だちが悪かったのだとか、酒が悪かったのだとか、色んな理由を考えてみたが、どれも正しくて、どれも間違いだと思えた。要するに、よくわからなかった。
 初めは、ちょっとふざけているだけなのではないかと思い、言われるままにしていたが、状況は変わることなくどんどん悪化していったのだった。
 今日は朝からこの状態である。勘弁してほしい。
 幼なじみの彼女は、幼なじみであるからこそ、僕の弱点は何でも知っている。それを次から次へと繰り出して、僕の心をゴリゴリ音を立てて削ってくる。本当は今すぐにでも泣きたい。
 精神科に行ってもクリーンな精神を証明される彼女は、ただ僕にだけ、このような行為を働く。
 ベッドに片膝だけのせた彼女の、長い黒髪が僕の鼻先をくすぐる。オーガニックな匂いを吸い込んでしまい、少し顔をしかめる。この手の匂いは嫌いだ。
 無言で見下ろす彼女の顔は険しい。非難めいた表情に、自分が何をしたかと考えてしまうが、何も心あたりがない。
「ねえ、この、あんたが嫌いで、見たくもないもの、私以外に知ってる人間っている?」
「いないけど」
「そうよね」
 ベッドにのった片膝に体重がかけられ、沈み込む。まっすぐに僕を見る彼女の顔を、まっすぐ見返しながら思う。……体勢が逆じゃないか?
 沈黙は長かったように思うし、短かったようにも思う。見上げる彼女の瞳は揺るぎないが故に、僕自身も揺るぎない態度で対峙しなくてはいけないとだけは感じていた。それが彼女にどんな意味をもっていようとも。
 不意に、飽きたとでもいうような息を吐き出して、彼女はベッドから片膝を下ろした。
「帰るわ」
「そうか」
 彼女はまっすぐ僕の部屋から出ていった。廊下に出て振り返って彼女は、
「死ね」
と言って、階段を降りていった。僕の嫌いなアレを手にもったまま。
 ふと僕は、今の彼女と昔の彼女のどちらが嫌いかを考えようと思ったけど、ひどく漠然とした問いのような気がして頭を振った。
 少なくとも彼女が手にしていた彼女の彼氏の頭よりは、僕は彼女が好きだと思う。隠したはずの死体をバラバラにして一つずつ見せにくる彼女の方が、まだ。
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