鳥籠の鳥 縦横切替
「本当に、天使なのか?」
「当たり前やろ」
 明らかに関西人ではないイントネーションで、彼女は言った。天使であるのに、ちょっとした言葉の違いもコピーできないとは、なんと駄目な天使であろうか。日本以外の国に降り立ったとき、お前はどうする気だ。その国の言葉を片言で話すというのか。
「あんな、自分、わかっとる? 自分の分と私の分と、食事代はどうすんのや」
 俺も関西の言葉に詳しいわけではないが、これ、関西のいろんな地域の言葉が混ざっているんじゃなかろうか。
 あきれたような視線に気付いているのか、気付いていないのか、彼女は食費がどのくらいかかるのかを語っている。
「天使って、物を食べないんじゃないのか。命をもらうんだぞ。光合成みたいにさ、なんかよくわからんパワーを光から得るとか、そういうことはしないのか」
「植物かい! ……ちゃうな、植物かて、水も、養分も得とるしなあ。天使かて、突然スペシャルパワーを生み出したりはせんのや」
「……天使なのに?」
「天使だからこそ、や。そもそも死んだ人間の魂をもっていくのかて、死に『神』の仕事なんやで。神の下で働いとる天使だけ命をとっておかしいゆう道理はないやろ」
 そう言うと、四畳半の畳の上であぐらをかいた。自分の分だけいれた日本茶をあおって飲む。教会の清らかなステンドグラスを全て破壊したい衝動にかられるような姿だ。
「何が言いたいか、いうとな。はよ金稼いでこんかいゆうことや」
 いい加減この怪しい関西弁をやめてほしい。金に汚くなったと思ったら、急にこれだ。偏見に満ち満ちている。関西人全員が金に汚いわけがないだろう。天使のくせに、ステレオタイプに頼りやがって。
「わかるか? 家計は火の車や。自分、仕送りしてもらえへんのか。給料少ないんですぅ、このままだと飢えてしまいますぅ、て、親に泣きつけへんのか」
「バカ言うなよ! 三十過ぎて仕送りとか、泣くに泣けんわ!」
「アー、イヤだイヤだ。こういう、無駄にプライドだけ高いんゆうんは。さっさと負けを認めんかい!」
「負けじゃねーだろ!」
 ああ、頭痛がする。天使なんだから、「大丈夫。私がなんとかするわ。だって、あなた、毎日頑張ってくれていること、私、知ってるもの」とか言ってくれないのか。つらい。
 ぎゃあぎゃあ騒ぐ天使の、背中から生えている羽は、気付けば象牙色になっていた。初めて彼女を見たときは、向こうが透けて見えるくらい透明だったというのに。気のせいか、美しいブロンドの髪も、安っぽい茶髪みたいになってきたようにすら思える。
「うち、この羽のせいで、外に買い物にも行かれへんのや。家の中でする家事がせいぜいや。せやからあんたにはしっかり働いてもらわなあかんねん」
 少しずつ、俺の天使は薄汚れてきている。天使はやはり、世界の中を自由に飛んでいなければならなかったのだ。体中に空気を通して、常に綺麗でなくてはならなかったのだ。
 どんなに美しいから、愛おしい存在だからといって、閉じ込めてしまってはいけなかったのだ。
 閉じ込めてしまえば必ず、手垢がついてしまうのだから。
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