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 今年もあの季節が来た。私は前もって手に入れていた招待券を手に、いそいそと海辺の会場へと向かった。
 そう、今日は、モーターショウの日なのだ!
 子どもの頃から、お人形よりはミニカーが好きだった。すぐ上に兄がいたせいで、おもちゃがお下がりばかりだったのもあるだろうけれど。ある日、親が人形に興味を示さない娘に気付いて、慌てて兎だの猫だの、リカちゃん人形だの、可愛らしい人形を与えてきたけれど、子どもの頃の私はどれにも興味を示さなかった。それよりも、新しいスーパーカーのミニカーが欲しかった。兄のお下がりではなくて、自分の、自分だけのミニカーが欲しかった。
 あの手この手で親は私の好みを女の子っぽいものに変えようとしたようだったが、赤いランドセルを目の前に大泣きした娘を見て、諦めたらしい。
 そのあとはもう、ミニカーや、ヘリコプター、サッカーボールとか、男の子っぽいばかり買い与えられるようになって、私もそういうのをねだったから、すっかり身の回りは男の子っぽくなった。
 それでも、中学、高校、大学となっていけば、どうやったって「女の子っぽく」ならなくちゃいけなくなる。花柄の服を着たり、スカートをはいたり。ぱっと見を変えていけば、なんとなく女の子っぽくなる。けど、中身はそうはいかない。
 会社員になると、お小遣いではなくて自分の稼ぎで好きなものが買えるようになる。独り暮らしをはじめれば、それこそ誰にも迷惑をかけずに趣味生活に没頭できるというものだ。
 少しずつミニカーを買い、押し入れの一部分だけ、と決めたはよかったけれど、そんな小さな場所はあっと言う間に埋まってしまった。
 もう少し、もう少し、と思って買ってしまうと、部屋が目茶苦茶になってしまうのは目に見えている。私は泣く泣くミニカー収集を、一時的に、やめた。大きな部屋に引っ越したらまた集めたいなあ、って思っているけれど、お給料的にそれはまだ先の話になりそうだ。
 代わりに、本物の車を見て回る趣味ができた。
 いろんな車のショップを冷やかしたり、雑誌を見たりして楽しんでいる今の私にとって、一年に一度の祭……それが今日。とうとう、やってきたのですよ、モーターショウが!!!!
 列に並んで、会場の中に入ると、もう、胸がどきどきする。アップテンポな音楽、宙に浮かぶバルーン……どれもこれもテンションを上げるものばかり。一番は……もちろん車!
 乗用車も、それはそれで見応えがあるのだけれど、今日のお目当てはランボルギーニ。五十周年記念モデルのスーパーカー『ヴェネーノ』を見に、私はここまできたのだ!
 たくさんの人に囲まれて、世界限定三台、三億円超のスーパーカーを眺める。か、かっこいい……。デザインは奇抜だけれど、レーシングプロトタイプだから、無駄がない。グレーメタリックのボディも渋くて素敵。
「かっこいい……」
 思わず呟いたとき、隣にいた男性が、
「かっこいい……」
と、まったく同じタイミングで呟いた。
 驚いてそちらを見ると、男性もこちらを驚いたように見ていた。
「あ、えっと、好きなんですか、車」
「は、はい。今日は『ヴェネーノ』を見にきたんです」
「そ、そうなんですか。俺もなんです」
「かっこいいですよね……」
「はい、たまりませんね……」
 私たちはぼそぼそと話ながら、『ヴェネーノ』を眺めていた。随分長い間だったと思う。周りの人たちが入れ代わっても、ずっと私たちは『ヴェネーノ』を眺めていた。
「あ、あの」
 随分長い間だったから、遠慮されていたのかな、とも思った。知らない人なんだから、気にせず好きに回ればいいのに、とも。だから。
「よければ、このあと、一緒に回りませんか。俺、車好きの友だちがいなくて」
という申し出に、驚いてしまった。
「わ、私でよければ」
「あ、じゃあ、次、ジャガーをみたいんですけど……」
「はい。じゃあ、行きましょう」
 私たちはのんびりと、人込みの中を歩き始めた。
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