ある川の情景 縦横切替
 川の中に、多くの人々が思い思いの格好でつかっていた。
「なんですか、これは」
 トレーナー姿の今橋氏が尋ねると、スーツ姿の坂上氏は、
「スポーツの川です」
と、さもそれが当然のような顔で言った。
「スポーツの川とは、どのようなものでしょうか」
 坂上氏は、今橋氏の質問を予見していたかのように無表情で頷き、
「思い思いのスポーツをする川です」
と答えた。
 今橋氏は、
「それは素晴らしいですね」
と答えた。
 今橋氏と坂上氏の前を、男がクロールで泳いでいった。
「あれは、たいそう見事なクロールですね」
「しかし、川をのぼっているようだ」
 今橋氏が心配そうに言った。
 男はクロールで泳ぎ続けた。腕が見えなくなるほど遠くまで泳いでいったころ、妙に鈍い音が聞こえてきた。
「おや、岩に頭をぶつけたようですね」
「見てください、血です」
 今橋氏と坂上氏の前で、シンクロナイズドスイミングの練習をしていた女が甲高い声を上げた。
「救急車を呼ぶべきでしょうか」
「その方がよいでしょう」
「しかし、私はここの住所を知りません」
 年老いた男が古式泳法で川上にのぼっていった。年老いた男は頭をぶつけたまま川に浮かんでいた男をつかまえ、川岸にひきあげた。
「あの男は、河原の石に頭をぶつけているようです」
「さっきから、痙攣しているようにも見えます」
「私は、あの男が頭を打ったことについて、責任をとりたくありません」
「では、救急車を呼びましょう」
 今橋氏は携帯電話をジャケットの内ポケットから取り出した。そして、待ち受け画面を坂上氏に見せた。
「圏外です」
「なんということでしょう」
 川の中で水球をしていた若い男たちが、
「私には救命の心得があります」
「それはたいへん素晴らしい技能ですね」
「そのたいへん素晴らしい技能は今、生かされるべきです」
と言いながら、川から上がり、川上へ走っていった。
 若い男たちのいちばん後方を走っていた男が転んだ。目の前の男の足をつかんだため、若い男たちのいちばん後方を走っていた男の前を走っていた男も転んだ。男たちはドミノ式に転んだ。
 若い男たちのいちばん前を走っていた救命の心得がある男は、顔面を河原の石で強打した。
「なんということでしょう」
 若い男たちは動揺を隠しきれない様子で、救命の心得がある男を取り囲んだ。
「私の代わりに、彼を助けてください」
 救命の心得がある男は、救命の心得がある男のすぐ後ろを走っていた男に、岩に頭をぶつけた男の救命方法を指示した。また、救命の心得がある男のすぐ後ろを走っていた男のすぐ後ろを走っていた男に、自分自身の救命方法を指示した。
「合点承知の助」
 男たちは二つの班にわかれると、早速救命活動にとりかかった。
「これで一安心ですね」
 今橋氏と坂上氏は、河原の石を川に投げて遊び始めた。平たい石が水を切って進んだ。
 今橋氏と坂上氏が投げた三つ目の石が、遠くの子どもの浮輪を破った。
 森の方から鳥の鳴き声が聞こえるが、鳥の姿は見えない。
 突如浮輪が破れた子どもは奇声を上げたが、それは鳥の声にまぎれてしまった。
「子どもが流されていきます」
 今橋氏と坂上氏は子どもを追って川べりを走り始めた。しかし、今橋氏と坂上氏は子どもに追いつくことができない。
「川の流れは大変早いですね」
 二人はどんどん小さくなっていく子どもの姿を川岸から眺めていた。
「この川は、どこへ行きますか」
「海へ行きます」
 今橋氏は川の先を指さした。
「途中に滝はありますか」
「私は知りません」
 坂上氏は首を横に振った。
 今橋氏と坂上氏は川をあとにした。
 水中ウォーキングを楽しんだ中年の女性は今橋氏と坂上氏をじっと見ていた。水中ウォーキングを楽しんだ女性が休憩のために飲んでいる緑茶は、川面に映った木々の緑であった。
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