謎のアルバイト 縦横切替
 住宅地の細い道に、二つの車が並んでいる。
 一台は黒のセダン。もう一台はセルリアンブルーのセダン。通勤時間にさしかかったこの住宅地において、二台の車は目立ちすぎるほど目立っていた。
 ランドセルを背負った子どもやスーツを着た大人たちが一瞬車に目をとめるが、すぐさま目を離すと、自分の生活へと戻っていく。
 車の中は外から見えない。光が窓ガラスに反射しているせいだが、ひょっとしたら何か、中を見られないためのシートをはっているかもしれない。
 車の中にはそれぞれ男が一人乗っている。どちらも喪服のようなスーツを着て、サングラスをしている。髪は黒で、後ろになでつけている。
 どちらもトランシーバーを右手に持っている。男たちは携帯電話で通話をすればいいだろうと内心は思っているが、雇い主がトランシーバーを手渡したため、特に異を唱えるわけでもなく、トランシーバーを持っている。
「聞こえるか」
「聞こえます」
「聞こえます」
 雇い主の言葉に二人は簡潔に答える。
「改めて確認する。アルバイトの内容は、一日そこで待機することだ。誰が来ても反応してはならない。トイレや食事などは近くのコンビニを利用すること。ただし、二人同時にその場を離れることは禁じる。以上だ」
 雇い主は一気にそう言うと、一方的に通信を切った。二人は形式上、
「了解」
とだけ答えた。
 男たちは日雇い労働者だった。黒のセダンに乗っている方は、就職に失敗しフリーターとなった二十代後半の男。セルリアンブルーのセダンに乗っている方は、大学生の男。二人は今まで面識はなかった。
 二人はお互いに、「何故このアルバイトをすることになったのか」「何故このようなアルバイトが成立するのか」ということを話したかった。しかし現状、二人はトランシーバーを用いて会話をするしかなく、トランシーバーを用いて会話をするということは、雇い主に会話の内容が筒抜けになるということであった。
 待機を言い渡されたが、何かを見張れとは言われていない二人は、運転席に座って思い思いのことをし始めた。フリーターの男は持ってきた携帯音楽プレイヤーから音楽を流しつつ、携帯ゲーム機で遊び始めた。持ち歩きが可能なネットワークに接続するための機械も持ち込んでいたため、すぐさま同じフリーターの友人と通信を行い、遊び始めた。対して大学生の男は、翌日英語の授業があるため、もってきた教科書と辞書、筆記用具とレポート用紙を取り出し、逐語訳を始めた。サングラスを外せば、車内はそれなりに明るかった。
 一時間ほど経つと、男たちは既に飽き始めていた。フリーターの男の友人はアルバイトへ行ったため、フリーターの男は一人でゲームを始めた。大学生の男は英語の訳に飽きてしまい、フリーターの男と同じゲームを始めた。
 初めのうち二人は何も気にしていなかったが、次第にいつまで経っても近くに同じゲームをしている人間がいる、という表示が消えないことが気になりだし、お互いに、
『隣の車の人ですか』
と、メッセージを送った。
 二人は驚いたが、そういうこともあるだろうと、一緒にゲームを始めた。フリーターの男も大学生の男も、それなりにゲームをやりこんでいたため、どちらが足をひっぱるわけでもなく、バランスよく遊ぶことができた。二人はお互いを友だち登録した。
『何故、このアルバイトに応募したんですか』
『アルバイト雑誌に載っていたのを見て。楽そうだと思ったので』
『俺もです』
 お互いに聞き出したこの仕事を受けた動機が似たようなものであったため、余計に親近感がわいた。終わったら飲みに行こうとも約束をした。
『ところで、何故こんなアルバイトが成り立つんでしょう』
『何かを監視するわけでもないですしね』
『一日いるだけで、通常の日雇いアルバイトの倍額が出るというのはなんとも不思議です』
『気になりますが、触れない方がよいことでしょう』
 二人はゲーム上でそう話し合ったが、しかし、やはりどうしても気になってしまうため、何度も何度も同じやりとりを繰り返した。
『そういえば、私たちは路上駐車をしているわけですけど、警官に注意されたらどうしたらいいのでしょう』
『雇い主に免許をもってくるなと言われたのも、気になります』
『身分が証明できませんし。そういえば、雇い主の名前も知りません』
 二人は黙りこくった。
 何かを言おうと、二人がゲーム機の画面をタップしようとしたそのとき、
『ゲームにうつつを抜かさないでください』
突然トランシーバーから雇い主の声が聞こえてきた。
 二人はタッチペンを取り落としそうになるほど驚いたが、
『そろそろやめましょうか』
『そうですね』
というやりとりを最後に、ゲーム機を閉じた。
 フリーターの男は、コンビニに行こうと思い立った。そこで、セダンから出ようと扉を開けようとしたが、開かなかった。鍵は内側から解除できるはずなのだが、何度やっても、どの扉で試してみても、開かなかった。
『あの、外に出たいのですが』
 トランシーバーで雇い主に訴えると、
『わかりました、解錠します』
という返答があって、やっと扉が開いた。
 ここに来て二人の男は、自分たちが車に閉じ込められていることと、どちらかが帰ってくるまでどちらかが開放されないことに気付いた。
 コンビニも指定されているため、監視の目は当然あるであろう。
 二人は震えたが、全ては後の祭りであった。
戻る