スイート・スイーツ 縦横切替
 クリームのレースで彩られたショートケーキに、飴がかかって光り輝くラズベリーパイ。バニラの黒い粒がチャーミングなプリンに、バナナとアイスクリームの相性ばっちりなチョコレートパフェ。青い星が沈むフルーツゼリーに、色とりどりのマカロン。香り高いよもぎとあんこがマッチする草餅に、白ごまが整然と並ぶ小さな胡麻団子。
 どれもこれも、素敵なものばかり!
 だから私は、目と耳をとじて歩く。よそ見をしないように。真っ直ぐ駆け抜けるように。
 それでも私の腕を絡めとるスイーツたち。だから私はなるべく冷たい声で尋ねる。
「カロリーはおいくつ?」
 魔法の言葉で、あの子たちはあっと言う間に退散。
 「それを言っちゃおしまいよ」と、もう一人の私が言うけれど、その声も無視、無視。
 来週の今頃は、先輩との初めてのデートなのだ。
 デートといっても、たまたま流行りのパンケーキの話をしていて……先輩の妹さんがおいしいパンケーキ屋さんを見つけたって話になって……「じゃあ、案内してあげるよ」って言われたから……首を縦に振るしか出来なくて……でも、絶対社交辞令だ!と思って、その場で無理矢理日時を決めたわけで……。うーん、一方通行。
 でも、それでもいい。「みんな」と「ふたり」は全然違うんだから。服装だって、表情だって、雰囲気だって!
 だから、私は、このチャンスを無駄にしたくない。私にできる最大限の演出をしたい。
 女の子はスイーツが好きな子がかわいい。ラーメン好きとか、お肉好きとか、それはそれでいいのかもしれないけれど……でも、やっぱり、スイーツ好きの方がかわいいでしょう。
 女の子は痩せている子がかわいい。洋服売り場に行けば一目瞭然。痩せてる人のための服は、暖色で、フリルのついた華やかな服ばかり。太っている人用の服は、寒色で、活動的な服ばかり。だから痩せてなきゃダメ。二人で会うときに、できる限りのおしゃれをしてくるって、かわいいでしょう。
 だから、私は、スイーツが私にかける甘くて恐ろしい声に耳を傾けるわけにはいかないし、「少しくらいいいじゃない?」と言ってくる怠け者の私の言葉に耳を傾けるわけにはいかない。
 「でも、わざわざデパートの地下を通らなくてもいいんじゃないの。ここにはスイーツがいっぱいあるってわかっているのに!」……その通り。やっぱり、心のどこかで甘いものを求めてる。たった一個のキャンディなら口に入れてもいいんじゃない?って。
 ……いけないいけない。人に気付かれないように両頬を軽く叩く。
 性懲りもなく、何度も繰り返してきたイメージトレーニングを繰り返す。
 目の前に置かれた、きつね色のおいしそうなパンケーキ。一枚ずつ丁寧にバターを塗って、ナイフで綺麗に八等分。メープルシロップをたっぷりかけて、一枚をフォークでぶすり! メープルシロップがこぼれないように口に運び、甘みに思わず幸せそうな、油断しきった笑みを浮かべる。そこで初めて先輩が目の前にいたと思い出して、少し照れくさそうな顔を向ける。そして、そっと口からフォークを取り出す。
 小動物みたいな一連の動作を、いかに自然にできるかがポイントなのだ! 幸せそうな表情は、毎日スイーツを食べていては出せない。痩せるためだけじゃなくて、この表情のために、私はスイーツ断ちをしているのだ!
 たくさんの恐るべき誘惑の声を振り払う。悪魔よ去れ!
 頭の中をまっさらにしよう。目に写るのはスイーツじゃなくて、ただのデパートの地下と、人込みだけ。なんでもない。なんでもない。
 そうやって心を落ち着かせようとすると、一番恐ろしい声が聞こえてくる。
「女の子って、痩せてる子よりは、ちょっとぽっちゃりしている子の方がかわいいよね」
 いつか聞いた、先輩の話。
 「ちょっと」ってどのくらい? 先輩って実はぽっちゃり系が好み? それとも「女の子は40kgが普通」って思っちゃってる人? そもそも本心?
 ぐるぐると渦をまく、スイーツと、思考。頭の回路が追いつかない。やっぱり脳に糖分が足りてないんじゃない?
 バターの香りが口いっぱいに広がるビスケットに、あふれるばかりにクリームがつめこまれたシュークリーム。口にくっついちゃうくらいさくさくした皮のもなかに、甘辛いたれだけでもおいしいみたらし団子。フルーツとシロップが瓶にたっぷりつめられたフルーツポンチに、クリームとパイが幾層にも積み重ねられたミルフィーユ。
 ふわふわ甘い頭の中で、もう一人の私が微笑んで、余裕たっぷりに言い放つ。
「案外、当日になっちゃえば、なんでもないものよ」
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