長生きのこつ 縦横切替
 情報遺産、というものがある。
 年ごとに新たなコンピュータが発売され、数年ごとにOSが書き換えられ続けた結果、過去のコンピュータでしか読み取れないデータというものが存在するようになった。
 文化人類学的な見地からも、古いコンピュータは重要な資料と見なされ、現在は各所研究所で保存されている。私は過去のコンピュータ言語を研究対象とした結果、古いコンピュータからデータをサルベージする仕事に就いた。この文章は、その記録兼報告書だ。
 今日サルベージするものは、いつの年代のものかわかっていない。国立研究所からいつの時代かを判別するために、サルベージしてほしいと依頼されたものだ。
 コンピュータに合った電圧を選択し、起動する。黒地に白い文字が踊る。
 この頃のコンピュータにはキーボードが必要だ。引き出しにしまっていたマイキーボードを取り出す。USBポートもないコンピュータだったので、手元にある一番古いキーボードを選んだ。
 このタイプのコンピュータは、フロッピーディスクを読み込んで作業するコンピュータなので、コンピュータ自体の年代はある程度わかっていたもの、と言える。
 だとすると……。
 ハードディスクのタワーを確認すると、案の定、フロッピーディスクが入りっぱなしになっている。こちらが目的か。
 開いてみると、一つ、音声のデータが入っていた。この時代では珍しい。3.5インチフロッピーディスクのサイズだと、一つ入ればいいはずだが、かなり無理をしているのではないだろうか。
 ヘッドフォンを接続し、再生する。再生用のソフトウェアは一枚目に入っていたので助かった。
「僕のいう正義が、子どもの正義だというのですか」
 大学生くらいの男の声だろうか。音が破れている。言語は私のものと同じようだ。やや古い言葉なので、現在の言葉におきかえて記録しておこう。
「そうだ。君はわかっていない」 
 先程の声よりやや大人の声が聞こえる。こちらはひどく無機質な声だ。
「では、大人の正義とはどのようなものなのですか」
「聞きたいのか。じゃあ、教えてやる。まず、この大人になるための薬を……」
 そこで音声は終わっている。
 大人になるための薬など、聞いたことがない。そんなものが過去に存在していたのだろうか。
 しかし、これ以上は深入りしない方がいい。
 何故ならこのコンピュータは国から預かったものなのだから。忘れることがこの仕事を長く続けることの、そして、長生きのこつだ。
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