矛盾の放課後 縦横切替
 学校帰りというのは、ある意味ひどく面倒くさい。
 下駄箱のところで、家の方向が同じクラスメートと顔を合わせてしまったとき、そのまま無視して帰っていいのか、一緒に帰ろうと声をかけるべきなのか。そんなことを考えなくてはならないときが、最高に面倒くさい。
 上履きから運動靴に履きかえているとき、廊下の向こうから井上とし子が来た。
 掃除の時間のあと、学級日誌を書いて職員室に出してきた俺は、他のクラスメートより十分以上遅く教室を出た。部活に行くやつはとっとと部活に行っていたし、家に帰るやつはとっとと家に帰っていた。だから、廊下の向こうからとし子がやってきたとき、正直驚いた。
 とし子は俺の家の隣に住んでいる。でも、幼なじみというにしては日が浅い。小学五年のときに引っ越してきたので、二年程度の付き合いだ。
 上着もスカートも全部紺のセーラー服を着たおかっぱ頭のとし子は、昔の中学生、という感じだ。今ならば私立の小学生といっても通じてしまうかもしれない。
 右足の爪先を床に叩きつければ、靴の履きかえは完了だ。さっさと逃げ出そう。
「ねえ、アッキー」
 逃げ出そうとした俺に、とし子が声をかける。逃げられないじゃないか、くそ。
「なんだよ」
 とし子の方を見ることなく答える。とし子は運動靴に指を差し入れながら、すっと靴を履き替えた。踵をつぶさないように、爪先をつぶさないように履き替える仕種は、男子にはないものだと思った。
「帰ろう、アッキー」
 ああ、面倒くさい。
 小学生のときだって、同じ方向に帰ればからかわれるというのに、中学生になってからは言うまでもないわけで。何を好き好んでわざわざ面倒なことをしなくちゃいけないんだ。
「悪い、俺、寄るところがあるから」
「寄り道は校則違反じゃない。一緒に帰ろう」
 なんだって今日に限ってこいつはこうも食い下がるのだ。面倒くさい。
「あのな、人がわざわざ言わないでやってるの、わかんない?」
「なにが」
「とし子は女子で、俺は男子なの」
「……性別が違うと、友だちをやめなきゃいけないの?」
「そうだよ。わかったらやめろよ」
 その時、昇降口の窓から夕日が差し込んだ。光はとし子の目をオレンジに染めて輝かせた。目が輝いていたから、その目がひどく厳しい表情をしているのがやけに目立った。
 俺は、肩にかけていた通学鞄の位置を直した。
「わかった。これから、アッキーって呼ぶのもやめる。それでいいよね、山口君」
 ヤマグチクン、という響きは、とし子の口から出てきたものでないように思った。とし子ではなくて、クラスメートのイノウエサンがそこにいた。
 校庭から野球部がボールを打った音が聞こえた。やけに騒がしかった。
「じゃあな、とし子」
 そう言うと俺は、とし子に背を向け、昇降口に向かった。
「なんでやねん」
 とし子がそう呟いたのを背後に聞きながら、俺はさっさと逃げ出した。
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