四面楚歌 縦横切替
「登録しておいたから」
 日曜日の朝、ルームメイトの三田にそう言われた。
「何にだよ」
「出会い系サイト」
 ただでさえ寝ぼけて頭が上手く動かないのに、意味不明な言葉を投げつけられて一瞬フリーズする。
「バカか。バカか」
 眉間に手を当てて、罵倒する。普段だったらもっと華麗に罵倒してやれるのだが、起き抜けで顔も洗わっていない状態ではこれが限界だ。
 三田はにこにこ笑いながら、リビングにおいた自身のラップトップパソコンの画面をみせてくる。確かに俺の顔写真がそこにはあった。
「だってお前、彼女いないんだろ。いたことないんだろ」
「ない。ないけど、勝手に個人情報をいかがわしいサイトにぶち込むなボケ」
 自分で個人情報を守っても、友人や知人が個人情報に対する意識がないと勝手に自分の情報が漏れ出ていく、という話は聞いたことがあるが、よもやここまでとは。と、いうか、このルームメイトがそういう人種だったとは。大学に言って部屋を変えてもらいたい。いや、部屋を変えてもらっても漏れ出た情報は戻らない。つらい。
「まあ、まあ、そういうなって。結構デートのお誘いきてるぞ」
「どうせお前、年収1000万円とか書いたんだろう」
「いや。でも、銀行に就職内定しましたって書いておいた」
「嘘書くな! 俺は大学院に行くのが決まってるだろうが。俺は嘘つきだ、という情報がネット上に刻まれたぞ!」
「名前も偽名にしておいたから大丈夫だ!」
「何言ってんだお前!」
 もう目茶苦茶だ。思わず頭を抱えてうずくまった。俺はオーバーリアクションをする人間ではない。寧ろよく見ないとどう思っているかわからないと言われるタイプだ。その俺をして頭を抱えてうずくまる事態を作り上げるとは……三田め、あなどれないヤツ。
「で、一件オッケー出しておいたから。行ってこい」
「勝手に了承するなよ! 俺は行かないぞ! そもそも今日はレポートを書かなくちゃならないんだ!」
「まあ、徹夜すれば大丈夫だろ。それに相手の子はうちの大学の子で、カフェテリアで会うことになってるから」
「どうせオッサンだろ! オッサン教授が来て、君、リテラシーがないね、とか言われるんだろ! 冗談じゃないぞ」
「お前、後ろ向きだなー」
「お前がおかしいんだ、お前が。行かないと言ったら行かないからな」
「でも、相手の子、お前のこと知ってるみたいだったぞ。話したことはないけど、って書いてある。構内をふらふらしてたら見つかるぞ。逃げられないぞ」
「なんてことしてくれたんだテメー!」
 立ち上がり、叫びつつ三田に殴り掛かろうとしたら、ラップトップパソコンの画面を突きつけられる。
「この子なんだけど」
「……」
 石川さんだ。
 教授の話を聞くだけの講義を、俺も石川さんもとっている。大人数の講義だから、他の受講者と会話をすることはない。俺もただ行って話を聞いているだけだ。
 何故、話をしたこともない石川さんの名前を知っているかというと、石川さんは教授によく質問をする。声の大きさや、あまり要領を得ない話し方から、本来ならあまり目立たないタイプの女の子なのだということがわかる。だから余計に覚えていた。あの子はよほど教授の話に興味があるのだろうな、と。
 いや、正確に言うと、石川さんが質問をしてくれないとあの講義はしまらないと思っていた。彼女が講義を休んだときは、なんとなく落ち着かなかった。
「知ってるのか?」
「顔だけは」
 石川さんは出会い系に登録するタイプに見えなかった。だというのに、出会い系サイトを通じて連絡をとってきた。人は見た目によらないということか。
「仕方がないから行ってくる」
「よ、春がきたね!」
「きてねえよ!」
 昼過ぎにカフェテリアに向かうと、石川さんは既に椅子に座っていた。
「諏訪さん」
 偽名で呼びかけられたので、一瞬自分のことだとわからなかった。
「あ、いや、そのね、石川さん」
「以前から講義でお見かけしていたので。いつかお話したいなって思っていたんです」
 ダメだ、この子、人の話を聞かない!
「銀行に内定しただなんて、すごいです!」
「いや、だからね」
「あ、お昼ご飯まだですか? 買いにいきましょう」
 そう言うとさっさと歩いていってしまう。
 誤解をとくタイミングがつかめないまま、俺は呆然とした。
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